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平成27年度広島平和記念式典中学生派遣活動報告

最終更新日:2016年11月10日

広島平和記念式典へ中学生を派遣しました

H27壮行会

H27千羽鶴

  非核平和事業の一環として、次世代を担う中学生に戦争の悲惨さや平和の尊さを再認識してもらうため、市立中学校の代表生徒を広島へ派遣しました。

 

 【派遣期間】 平成27年8月5日(水)〜8月7日(金)

 【派遣団員】 団長:三澤東陽中学校長

        団員:市立中学校(全14校)2年生 男女各1人  計28人

        随行:総務課、学校教育課職員 計3人

 

 ↓ 以下は派遣団員の報告原稿より抜粋したものです。

 

 

1日目:8月5日(水) 平和記念資料館〜平和記念公園

H27資料館

H27資料館2

H27資料館3

【平和記念資料館】

原子爆弾から放射されたとても強烈な熱線は、爆心地から、半径23キロメートルもの範囲にいた人にやけどを負わせました。また、半径12キロメートルにいた人々は、体の内部にまで障害を受け、このために、数日のうちにたくさんの人が亡くなっていきました。また、熱線により、建物の大火災が起きました。とても広い範囲で火災が起き、三日ほどたって火災は収まったとのことです。原子爆弾から放射された熱線は、広い範囲に被害をもたらしました。熱線がいかに強力だったかよく分かりました。

 

爆風、熱線からのがれ、無傷であっても、放射線により、苦しみ亡くなる人々の写真は心につきささる物が数多かったです。放射線は、受けた量によって体に現れる症状が異なりますが、どれも、白内障、白血病、悪性腫瘍などどれも、後障害が残ったり死に至ることが多いことは、原子爆弾から放出される放射線の恐ろしさを感じることができました。

 

広島平和記念資料館にある三つのコーナーのうちの一つ「爆風コーナー」には様々な爆風にかんする資料がありましたが、私が心に残った爆風にかんする資料の中にこんな文章がありました。爆風の影響によって、きぜつする人や負傷する人、家におしつぶされて圧死する人、また身体に異常を感じて病院に行くと、身体からガラスの破片が発見される人が出てくるなどです。これを見て思ったことは、風だけでここまでの被害をこうむるのかということです。また、これを読んで改めて原爆のこわさを感じました。

 

平和記念資料館で、写真や模型などのたくさんの展示物を見ることにより多くのことを学べました。 中でも、広島で被爆された直後の方々を再現した人形からは戦争の悲惨さを、原子爆弾による被害を距離で表した図からは核兵器の破壊力とそのおそろしさを、学ぶことができました。そして、資料館で学んだ多くのことから、平和の尊さを改めて強く実感しました。今ここにある平和を、これから先ずっと、大切に守っていきたいです。

2日目:8月6日(木) 平和記念式典〜宮島〜灯ろう流し

H27式典

H27平和記念式典献花

H27宮島

H27灯籠流し

【平和記念式典】 

僕は、安倍総理をはじめ、たくさんの方々の言葉が心に残りました。会場にいる人全てが平和を望んでいる、ということがよく分かったからです。「戦争なんて起こしたくない」「起こすべきではない」会場全体にいる人達が一つになってそう思えたなと思いました。また、会場にはたくさんの外国の方が来ていました。平和に国境はなく、戦争を起こしたくないという思いは、世界中誰でも持っているものなのだということが分かりました。このことも、僕の心に深く残りました。

私が、平和記念式典に参加して、心に残ったことは、黙とうをして平和の鐘の音を聞いていた時です。私は、黙とうをしている時に、前日に行った、平和記念資料館で見た、展示物や写真のことを思いだしていました。たった一発の原子爆弾で、たくさんの人々の大切な命や建物、自然が一瞬にして奪われていくことを想像していたら、とても胸が痛くなりました。また、平和の鐘の音が鳴り響くのにつれ、もう二度と同じようなことが起こらないでほしいということと、戦争がない平和な世界になってほしいと、強く、祈っていました。

今回の平和記念式典は、戦後70年という節目の年だということもあり、たくさんの人々が式典に参加されていました。献花では、ぼくたちは、30分以上もの時間並ばなくてはいけないくらい、多くの人が花をそえていました。そのことからも、たくさんの人が平和を強く願っているんだということが分かりました。そして、誰もがおそれる戦争を、この世界からなくすためにもぼくたちは広島で学んだことを、一人でも多くの人に伝え、その事実を知ってもらわなくてはいけないんだ、ということを、強く感じました。

【宮島】 

僕が厳島神社で学んだことは、昔の人の技術の素晴らしさです。厳島神社は、弓状に広がる遠浅の浜に作られています。潮が引いているときには、有名な大鳥居まで歩いて行くことができ、潮が満ちているときには、社殿や回廊が、海に浮かんでいるように見えます。潮の満ち引きまで計算して作られた技術には、感心させられました。また、社殿や回廊、大鳥居などに使われている朱塗りです。海の色や空の色との調和による美しさは有名です。昔は魔除け、虫除けとして活用されており、抗菌効果もあるそうです。見た目の美しさだけではなく、実用的なことも考えて作られていることに、驚きました。

【灯ろう流し】

 〇私が灯籠に願いを込めて書いた言葉は、PEACE、平和で幸せな世界という言葉です。この言葉を流したのは、70年前のあの日から、平和で幸せな未来へと、川を流れるように、おだやかに続いていってほしいと思ったからです。元安川には、たくさんの人々の思いが流れていきました。核兵器のない、皆が笑顔で暮らせる世界になりますように、もう二度と戦争が繰り返されませんようになど、幸せな未来への思い、願いを流している人が多く見られました。これらのメッセージが届き、叶うことを願っています。

3日目:8月7日(金) 千羽鶴奉納〜被爆体験講話

H27千羽鶴奉納

H27原爆ドーム前集合

H27被爆講話

H27被爆講話2

【 千羽鶴を原爆の子の像に奉納 】

三日目の一番初めに平和記念公園へ行き、千羽鶴を奉納しました。そして、原爆の子の像を見学しました。そこにはたくさんの千羽鶴が奉納されていました。全国の学校や団体、広島市民の方々の奉納はもちろん、外国の方々の千羽鶴もたくさんありました。原爆の子の像は、原爆により白血病で亡くなった佐々木禎子さんをモデルとした像で、禎子さんの同級生による募金運動によって作られ、195855日に完成しました。石碑の上に女の子が両手を広げ、平和の象徴である鶴を掲げています。像の下の石碑には、「これはぼくらの叫びです これは私達の祈りです 世界に平和を築くための」と刻まれていて、この像には「明るい希望」という意味があるそうです。

自分が千羽鶴を奉納した時には、ものすごい数の千羽鶴が奉納されていました。そこで自分が思ったことがあります。それは、この千羽鶴を作っている人、一人一人がそれぞれの平和への思いをもって、作っているということです。そう思うと、本当に多くの人が平和を願っていることが奉納してある千羽鶴からわかりました。自分では、戦争は勝っても、負けても得する人はいません。だから本当に戦争がおきないことを願いながら、この千羽鶴を奉納しました。

【 被爆体験講話:講師 朴南珠氏 】

今回私たちにお話ししてくださったのは、朴南珠さんです。朴さんは在日韓国人二世の方です。女学校1年生の12歳のとき、妹さんと弟さんを疎開先へ送る途中、爆心地から1.9キロメートルの路面電車の中で被爆をしたそうです。太平洋戦争が始まったときから、戦後までを詳しく話してくださいました。原爆が投下された86日から10日頃までの話には、原爆の被害を受けた方たちや広島の様子などが多くあり、原爆の悲惨さや恐ろしさを強く感じました。戦争や原爆の怖さ、平和の尊さを知る上でも、とても貴重な体験となりました。

私が被爆講話を聞いて一番印象に残ったのは、痛みも恐怖も通りこしてしまうほどの、何とも言えない気持ちだった、という話です。正直私には想像ができないのでよく分かりません。それほど今が平和であるという事なのだと思いました。当時の人々は苦しみながら息絶え、生き残ることができた方も、生き残ってしまったと申し訳なく思い苦しみ生きてきた、たくさんの死、悲しみ、恐怖をもたらした戦争に正義はない、そう語っていました。本当にその通りだと思いました。平和に慣れてしまっている今こそ、戦争とは平和とはなにかを考えなおし、伝えていく事が大切だと学びました。

 

 

 

★千羽鶴の作製にご協力いただきありがとうございました★

 各中学校で全校生徒が心を込めて折った千羽鶴、各地域で開催した原爆パネル展等で市民の皆さんに折っていただいた折鶴は事務局で千羽鶴にまとめ、派遣団員が大切に原爆の子の像に捧げてきました。

 ご協力ありがとうございました。

 

派遣期間全体の感想

H27広島派遣原爆の子像前集合

H27報告会

私たち28名は、栃木市の代表として広島の平和記念式典などに参加させていただきました。私たちは栃木市の平和大使として、戦争の悲惨さや、生命の尊さ、平和の大切さなどを、改めて学んできました。実際に、見たり、聞いたり、感じたりする経験は、私たちにとって、たいへん貴重な体験となりました

 

 今回の広島派遣を通して、私たち28名が学んできたことは、学校の友だちや、地域の人たちにきちんと伝えていきたいと思います。それが、非核平和都市宣言をしている栃木市の代表として、また、平和大使として参加させていただいた責任だと思っています。

★報告会について★

 8月25日(火)、今回の派遣で学んだ事や感じたことを班別に発表しました。今回は一般公開し、67人の市民の皆様にもご参加いただきました。

 今後、派遣団員の皆さんには、各校の学校祭などで校内発表し、全校生徒に派遣活動について広めていただくことになっています。