栃木市嘉右衛門町伝統的建造物群保存地区
国選定重要伝統的建造物群保存地区
- 名称 栃木市嘉右衛門町伝統的建造物群保存地区
(とちぎし かうえもんちょう でんとうてきけんぞうぶつぐんほぞんちく) - 区域 栃木県栃木市の
泉町、嘉右衛門町、小平町、錦町及び昭和町の各一部 - 面積 約9.6ヘクタール
- 都市計画決定 平成24年3月23日告示
- 保存計画決定 平成24年3月23日告示
- 国重要伝統的建造物群保存地区 平成24年7月9日選定
- 選定基準 (二)伝統的建造物群及び地割がよく旧態を保持しているもの
- 保存地区の概要
栃木市は栃木県の南部にあり、中心部の旧栃木町は日光例幣使道の宿場町として、また、江戸からの舟運により、物資の集散地として栄えた町でした。
保存地区は、栃木宿の北側、日光例幣使道に沿って、平柳新地、嘉右衛門新田村など、近世初期に開発された村々が発展してできた町並みです。天正期(1573~1592)に足利から移り住んだ岡田嘉右衛門によって開発されたと伝わる嘉右衛門新田村には、畠山藩の陣屋も置かれました。また、平柳新地には、江戸初期に開かれた巴波川の舟運に伴って早くから河岸が設けられました。嘉右衛門新田村や平柳新地の日光例幣使道沿いに商家が進出し始めるのは、江戸中期以降であり、その職種は多種多様でしたが、麻を扱う店舗が多くみられ、江戸末期から明治期にかけて栃木を北関東有数の商業都市に導いていく基盤となりました。明治22年(1889)の町村制実施によって、周辺の村々とともに栃木町に編入され、名実共に地域の商業活動の一翼を担うようになりました。明治23年(1890)発行の「大日本博覧図 栃木県の部」には現在の油伝味噌など4軒の商家と1軒の医院が掲載されるなど、この頃には栃木大通り周辺の大店と肩を並べる豪商も目立つようになりました。
大日本博覧図 栃木県の部
保存地区は、現在の嘉右衛門町及び泉町にあたり、旧日光例幣使道沿いの町並みを基本とする東西約320m、南北約650m、面積約9.6ヘクタールの範囲です。
保存地区には、旧日光例幣使道に沿って見世蔵や土蔵をはじめとする江戸末期から昭和前期頃にかけての伝統的な建造物が群としてよく残り、地形に沿って湾曲する道、巴波川、翁島や陣屋跡の緑等と共に特徴的な歴史的風致をつくり上げています。
資料
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