ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ

本文

コレクション(栃木市立文学館)

印刷 大きく印刷 更新日:2026年4月25日更新
<外部リンク>

旧栃木町役場庁舎棟札

旧栃木町役場庁舎棟札

 「棟札」とは、建物の建築や改修の記録・記念として、棟木や梁などの建物内部の高い場所へ取り付けた札のことです。一般的には、建築や修理の目的、年月日、建築主や施工者の名前などの工事に関係することが書かれています。
 栃木市立文学館の棟札は、同館の改修工事の設計段階で確認されました。工事中に一度取り外し、撮影、調査を行っています。
 一番上に書かれている「上棟式」とは、屋根の一番高い位置に棟木が取り付けられた際に、建物が無事に完成することを願って行われる儀式です。書かれている日付から、大正10年(1921)3月19日に行われたことがわかります。なお、11月15日には、「落成式」が挙行され、町役場の2階(現在の常設展示室)では多数の関係者による立食の祝賀会が開催され、町内では昼夜に数百発の打ち上げ花火を上げるなど、町全体でお祝いをしました。
 下の3段には、建築に関わった人たちの名前が書かれており、町長や町会議員、施工者の代表として大工棟梁の名前があります。

 *1階とちぎサロン(無料)にて、原寸大の複製を展示しています。

 

石塚倉子『室八嶋』

 

石塚倉子『室八嶋』HP用

 石塚倉子(いしづかくらこ、貞享3年〔1686〕~宝暦8年〔1758〕)は、下野国都賀郡富吉村(現在の栃木市藤岡町)の裕福な農家の娘として生まれました。宝暦3年(1753)に同郡山田村(現在の栃木市大平町西山田)の清水寺に和歌5首を献納し、宝暦6年(1756)歌集『室八嶋』を出版しました。
 『室八嶋』は、伝統的な和歌集の編成である「春・夏・秋・冬・恋・雑」を踏襲しつつ、下野・上野を旅した「日光紀行」、「妙義紀行」、「館府八景」の紀行文を付け、「機樹百詠」と「釈神祇」、「賀」を加えた10巻5冊の構成になっています。序文は国学者の荷田在満(かだのありまろ)、儒学者の服部南郭(はっとりなんかく)が記しています。
 倉子は、恋歌よりも季節の歌を得意とし、「春秋亭」(しゅんじゅうてい)と号しました。当時隆盛期にあった村田春海(むらたしゅんかい)・加藤千蔭(かとうちかげ)ら江戸派の影響で『古今和歌集』(こきんわかしゅう)を重んじていたと考えられています。
 年代的に直接交流がなかった、喜多川歌麿(きたがわうたまろ)による「近代七才女詩歌」(きんだいしちさいじょしいか)に≪下野室八嶋倉子女≫(しもつけむろのやしまくらこじょ、長大判錦絵、享和〔1801~1804〕頃)として取り上げられており、知名度が高かったと考えられます。

*2階常設展示室で展示しています。(予告なく入替を行う可能性があります。)