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令和元年度 西方城跡発掘調査の現地説明会を開催しました

印刷 大きく印刷 更新日:2020年11月17日更新
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令和元年度 西方城跡発掘調査現地説明会を開催しました。

 令和元年11月23日(土曜日)に西方城跡発掘調査の現地説明会を開催しました。
 雨天にもかかわらず80名近くの方にご参加いただきました。調査地点の曲輪までの足場が危険なため、残念ながら現地へのご案内は出来ませんでしたが、プレハブ内で写真や出土遺物を見ていただきながら担当者による解説を行いました。
 寒さも吹き飛ばす勢いの熱気あふれた場となりました。とち介30ハート
 参加者の皆さん、ありがとうございました!

~ 西方城跡現地説明会の様子 ~
▼西方城と二条城跡への入口
にしかたじょうとにじょうじょうのいりぐち
 天候が良ければ、ここから各調査地点へ登る予定でした。
 オレンジのネットの奥は砂防ダムの工事中です。寺とネットの間に西方城跡へ登る道があり、二条城跡へは工事用通路の左下から調査地点に行くための通路をつくってあります。
▼プレハプ内のパネル展示
にしかたじょうせつめいぱねる
▼西方城跡の出土遺物の一部

にしかたじょうしゅつどいぶつ
 常滑甕の破片や中国製の青磁皿の破片、かわらけ(素焼きの皿)などが見つかりました。古瀬戸の陶器片も見つかり、花瓶(けびょう)の一部ではないかと考えています。今回の調査で一番古い時代の遺物ですが、この遺物と築城の時期が必ずしも一致するという訳ではないので、築城年代については今後の課題です。
 右側プラ箱の上段左端が常滑甕片、その隣が古瀬戸の陶器片、下段左端が青磁皿片。
 左側プラ箱の中は主にかわらけ。

▼二条城跡の出土品の一部
にじょうじょうしゅつどいぶつ
 中国製の白磁皿片、瀬戸美濃産の天目茶碗片、かわらけなどが見つかりました。
▼大勢の参加者の様子(1)
あんないばんまえのようす1 あんないばんまえのようす
 参加者が多いため、2グループに分かれてご案内しました。
▼大勢の参加者の様子(2)
ぷれはぶないのようす たくさんのさんかしゃのようす
 プレハブ内での説明を聞くため、もう一つのグループが外で待っています。

とち介65スニーカー令和元年度 西方城跡発掘調査現地説明会資料 [PDFファイル/11.83MB]

これまでの調査成果

 西方城跡は下野国名門武士団である宇都宮氏の一族だった西方氏が戦国時代に使用した山城で、宇都宮氏の西の最前線軍事拠点として重要な場所でありました。また、その東隣にある二条城は、西方氏の後の江戸初期頃に藤田氏が領主となった際の築城と伝えられています。
 今回は、西方城跡は二の丸のすぐ北隣に位置する曲輪を、二条城跡では主郭の北東に隣接する曲輪を調査しました。それぞれの城の築城・廃城年代や、年代の前後関係が気になるところでありますが、詳細な年代はまだ分かりません。
 しかし、今回の調査成果としては、次のようなことが挙げられます。

西方城跡
・土塁の石積みを確認
  …侵入防止のための土壁(=土塁)の内側下部に石積みがされており、城を改修した可能性が考えられます。
・大規模な土木工事による曲輪
  …丘陵を大きく削り、削った土を盛って城の平坦地(=曲輪)を造っていました。

二条城跡
・登城ルートの存在を確認
  …調査地点の曲輪の南側に城の中心部(=主郭)に行くための通路が見つかりました。
・暗渠などの排水の遺構を確認
  …計画的な土地利用を意識して造った城であったことが分かりました。

 どちらも、計画的かつ大規模な土木工事によって造られた城であったことが伺えます。
 調査はまだ始まったばかりであり、来年度は別の曲輪を調査しますので、今後の調査成果にご期待ください。

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